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■魔女の宗教と日本社会
 1.宗教と現代日本社会
 2.カルトについて
 3.カルト宗教としての魔女の宗教

 


2.カルトについて

カルトという言葉は日本では否定的な意味で使われることが多いということは誰もが納得することでしょう。しかし、本来カルトという言葉は良い意味も悪い意味もないのです。

カルト(cult)とは、強固な信念や思想を共有し、その信念に基づいた行動を熱狂的に実践するように組織化された集団のことです。ものすごく乱暴なたとえをすれば、アイドル歌手のファンが、

アイドル

親衛隊(この中にも隊長、幹部などのヒエラルキーがある)

ファンクラブ(この中にも会長、幹部などのヒエラルキーがある)

と、いう構造をとり、その上でアイドル歌手が「セーラー服をコンサート会場で着よう!!」と言ったら、ファンの男性も含めてみんながセーラー服を着て、i-Podでアイドル歌手の歌を聴きながら会場に現れて、熱狂した、そして、それが恒常的になっている、としたらこれは立派なカルトなのです。

これを教祖が「規定の修行服を着て祭儀に参加しよう!!」と言ったら、信徒の男女全てが同じ修行服を着て、i-Podで教祖の過去の講話を聴きながら祭儀会場に現れて、熱狂した、そして、それが恒常的になっている、と書き換えたら容易に理解できるでしょう。この段落と前の段落は単純に単語を入れ替えただけですから。

このようにカルトというものは別に宗教の専用用語ではないのです。そして、そこには犯罪性も良いも悪いもないのです。事実、芸術カルト、政治カルト、経済カルト、宗教カルトなど「○○カルト」というように使うのが学術的用語としては一般的なのです。そして、カルトは一般語だ、などという人も時々いますが、それは専門用語の一部の意味をマスメディアが定着させただけの話で、その「間違って限定された意味」には根拠などないのです。ですから、このブログの読者の方にはぜひとも「カルトという言葉」に対しては正しい認識をしていただきたいと思います。用語の定義が間違っている状態で何を考えてもそれは全部無駄になってしまいます(理由については「思考能力と人類としての価値」を参照)ので、これとても大切なことです。ましてや魔女の宗教などという神秘宗教を考える場合にこの辺の用語の定義がしっかりされていないと致命的になります。

さて、カルトはそれ自体問題になるものではないのです。
例えば先の例で言えば、仮に私がセーラー服を着て、i-Podでアイドル歌手の歌を聴きながらコンサート会場に行き「L・O・V・E!!○○!!」と熱狂していたとしても、それが社会に問題を起こすわけではありませんし、同じ志の友人と集団でそのコンサートに参加していたとしても社会に危害を加えたり、問題を起こしたりするわけではないのです。
(私がセーラー服を着て家から交通機関を使って歌いながらコンサート会場に向かったら別の意味で問題にはなりそうですが…)

話を戻すと、特定の信念に基づいて実践活動をする集団と言うだけでは特に問題はないのです。その信念がどんなに荒唐無稽で、外部の人間から無意味だと思われたとしても、それを問題にする必要はないのです。法律家に確認するまでもなく、思想や信条の自由は誰にでも保証されているべきものですし、個人個人の大切な権利なのです。しかし、中にはその集団の目的や指向性が反社会的なものに向けられていることがあります。これをマスメディアがカルト、と呼んでいるのですが正確には「破壊的カルト(destructive cult)」と呼びます。

さて、破壊的カルトについての議論は、私自身が破壊的カルトからの脱出を活動テーマの一つにしていることや、実際そうした活動をしていることもあって、書き始めたらそれだけで大きなテーマになってしまうのでここではこれ以上は踏み込まず、簡単に説明するにとどめますが、ようするに私はオウムなどのような団体をさすときには「破壊的カルト」、そうではなく「カルト」と言う場合には「単純に思想や信条を共有した集団」と言うくらいの意味で用いることにします。

裏を返せばカルト宗教でない神秘宗教はないのです。初期のキリスト教も、初期のイスラームも、初期の仏教も最初は全てカルト宗教だったのです。そう考えると原始仏教をモチーフにしたオウム真理教が簡単に破壊的カルトになったことも理解しやすいのではないでしょうか。オウム真理教の場合、カルト宗教状態の頃の仏教において仏陀が私利私欲のために人を導いたらどうなったか、という実験モデルだと言うことができるのです。

ところで、ここでここまでカルトという言葉の定義にこだわった理由は、魔女の宗教は現状では原則的に神秘宗教であり、これは明確に本来の意味でのカルト宗教だからなのです。なので、カルトという言葉に否定的な意味が前提とされてしまったら客観的な議論ができないからなのです。

魔女の宗教について考える場合、このカルト宗教としての性質を無視しては本質をつかめないのです。



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