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■魔女のための良き弟子になるために
 はじめに
 1.便利さという落とし穴
 2.調べることの重要性
 3.行動することの大切さ
 4.礼儀の大切さ
 5. 続・礼儀の大切さ
 6.わかったつもり
 7.「わかった」と「わかっている」
 8.着実な実践
 9.教えは無償ではないことを知る
 まとめにかえて

 


4.礼儀の大切さ

 人間が生み出した知恵の中で「礼儀」というのはとても大切なものです。礼儀は人間関係を良好にするために、人間が築いてきた古来からの知恵です。挨拶や言葉づかいといった礼儀の型というものがあるのは誰でも知っているでしょう。簡単に結論を行ってしまえば

「礼儀とは型」

 なのです。つまり、礼儀とはきちんとした型を守ることで人間関係を円滑にするものなのです。特に初めての相手に接するときなどは特に重要です。お互いが共通認識として知っている型を守りあうことで、それを安心感のよりどころとするのです。

 私が本の奥付などを頼りに、色々な方にあっていただいたり、お話を伺わせていただいたりしたことはすでに書きましたが、思い返せば私はそれを中学校のころからやっていました。そして今日までそのスタイルで色々な方とやり取りをさせていただいておりますが、基本は礼儀につきるように思います。

 ところで、よく「魔女は礼儀にうるさい人が多い」という話を耳にします。確かにその通りだと思います。でもそれは、必要以上にうるさいわけではなく、最低限を守っていない人が多いのにうんざりしている、というだけのようにも思います。礼儀にうるさいということを言う人が、魔女と何を比べてそういっているのかわかりませんが、最低限の礼儀にもうるさくならないということは、その人も最低限の礼儀すらわかっていないということか、そのような大切なことすら、若い人に教える親切さもないか、どちらかだと思います。だから、それはある意味私個人としては誇らしいことだと思っています。魔女は宗教ですし、儀式を大切にします。そして、儀式とは「伝統に基づいた型」でもあります。だからこそ、礼儀にうるさい=型を守る姿勢を崩さない、という定評があるということで、ある意味喜ばしいことだと思うからです。

 知らない人に手紙を自分の都合で送りたいときに、自分の用件以上にその型を守ることに細心の注意を払うことは当然です。これができていない人が多いという事実は嘆かわしいことです。いきなり知らない人に電話をして用件を一方的に話し始めて誰がきちんと聞いてくれるでしょうか。手紙だってこれと同じなのです。最近はメールを送ることが普通の連絡手段になってきましたから、知らない人にいきなりメールを送ることはすでに失礼ではなくなっていると思います。しかし、メールも手紙と同じです。最低限、

@基本的な挨拶
A自己紹介
Bどうして相手のことを知ったか
C読んでくれたことの御礼

 くらいは書かなければいけません。また、メールはネット上だから、という気持ちからなのでしょうが、本名も何も書かず、ハンドルネームで出す人も多いようですが、これは論外です。私もとりあえずハンドルネームでの質問にも答えはしますが、軽い内容のものに軽い答え以上のことはしません。返信をしばらく忘れてしまったりしても全く申し訳ないとは思いません。友達同士ならそれでもよいでしょうが、自分が相手に質問なりをしたいのに自分の名前すらきちんと名乗らないで済まそうというのはそもそもおかしなことです。

 そういうと個人情報が、などという寝ぼけたことを言う人も少なからずいますが、私はそういう人にお聞きしたいのです。

「あなたの個人情報はそんなに価値があるものなんですか?」

と。

 今まで、個人情報が、などという世迷いごとを偉そうに語ってくれる方はたくさんいましたが、そんなに価値のある個人情報を持っている方にはついぞお目にかかったことがありません。逆にこんなに立派な人が連絡を下さった、ともらったこちらが感激するほどの人ほど、しっかりとご自分の自己紹介を恐縮するほどにしてくださいます。

 ここではっきり言います。
 個人情報が、などといって初めての人に名乗りもしない人の個人情報などは永遠にごみ以下です。それを改めないようでは、価値が急落し続けることは誰でも予想できますが、上がることはありません。

 そして、そんな「価値のない人」に時間を費やしたい人などまともな人にはいません。皆さんも、もし自分のところにいきなり「○○さんですよね。私はパンダさんなんですが質問があります。(うだうだうだ…)」という質問の電話がかかってきたら親切丁寧に答えるでしょうか。それと同じです。

 せっかく、ネットやメールなど、昔の私が心底うらやましいと思うほどに普通ならアクセスすること自体が難しいような人に連絡を差し上げられる状況が今はあるのです。この新しいチャンスを、人間の伝統的な知恵である礼儀という型というものをしっかり守って活かして欲しいと私は思うのです。

 

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